陳舜臣「秘本三国志」全6巻 中央公論新社(文庫/中公文庫)

三国志」とあるけれど、講談の「三国志演義」では無く、寧ろ「正史」の「三国志」を基にした作品である。
「桃園の誓い」から始まり、「三国志」の流れに沿って進む訳だが、そこは中国ものの大家、陳舜臣のこと、「演義」だけでなく、正史その他の歴史的資料を基にして、独自の史実解釈を用いた作品に仕上がっている。初出は今から30余年前の作品であるが、曹操を悪役と言う固定概念から解放した作品の一つではなかろうか。それも含め、史書的な観点から登場人物を公平に扱っているのはかなり画期的であったろうと思う。
重厚長大になりがちな「三国志」ものではあるが、文庫本で6冊と言う適度な量であり、簡潔で「枯れた」文体が読み易い。狂言回しとして登場する少容らも要所要所で絡み、支配階級と庶民、宮廷とそれ以外とが縦糸横糸となり、小説としても面白い。
敢えて難点を挙げれば、正史なり演義なりで「三国志」の内容を把握してなければ意味不明な部分が多い事。しかし何しろ人口に膾炙した作品であるから特に問題なかろう。逆に言えば大本の筋さえ把握出来ていれば、今の視点で見ても斬新な視点を楽しめるはずである。「演義」も「正史」も知らない向きは、出来ればそれらを読み、その他翻案ものにあたってから読んでほしい作品である。