「禍福は糾える縄の如し」と言うけれど

通勤途中、何か平べったいものを踏んだ感覚があり、よく見ると百円硬貨が落ちていた。
その後、数Km進んだ所で後輪に妙な違和感があるので良く見ると「蒼の稲妻」号の本体フレームと後輪フレームをつなぐ軸のネジが外れていた。そりゃ後輪が安定しないわな…取り敢えず替りのネジもある訳ないので途中からバスに乗っての出勤となってしまったのであった。
交通費は拾った百円よりも高くつき、自転車の修理代は更にそれを上回る。「禍福は糾える縄の如し(因禍爲福。成敗之轉、譬若糾墨)」とは言うけれど、どう考えても「禍」の側が「福」に比べて太過ぎる。そもそも拾った百円は私のものではないから交番に届けなければならず、要するに「福」ではないから、「禍」しかない。一体私の人生はどうなってるのか。これが厄年のせいかのか?そうなのか?